国道6号線を通ってみる

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富岡町に行ってきたご存じ,2011年3月11日,東日本大震災です.
私も栃木で被災して家の中でしばらくじっとしていましたが...大変な出来事だったのをよく覚えています.

そして,今も住めないままになってしまっている地域が.福島第一原発近辺のメルトダウン事故で放射性物質がまき散らされた地域です.とはいえ状況は僅かづつ改善していて四輪自動車のみ降りてはいけないという条件付きですが2014年9月15日から許可証のない一般の人も国道周辺だけは立ち入れるようになっています.

そして2019年度めどでいわゆる帰還困難地域以外は住めるように.常磐線列車も全通になるんだそうです.また,この春にも常磐線 小高-浪江間が開通する予定です.

昨日の帰り,横浜駅に常磐線 小高-浪江間開通のポスターが貼ってありまして.ふむ...いいことだけど,この区域の中で何が起きていたのかは今じゃないと見に行けないな...復旧したらたぶん急速にもとに戻るだろう...エンジニアとして,科学が,人が何を起こしたのか,見に行かないと....

というわけで,たまたま今日は休みだったのでスプリンターで何が起きているのか見に行ってみました.

みなさん区域内は大変な事になっていると想像されるんじゃないでしょうか???
私の見た感想ですがそんなことは全くなく,震災前の状況がそのまま凍結されたタイムスリップした街,でした.もちろん家の中が壊れていたり庇が下がっているような家もあるにはあるんですが正直目立ったものでもなく,多くの家はきれいなままで人が住んでそうに見えてしまいます.この地域は内陸なので津波被害はないですからね.色々な商店も偶々休み?っていうくらい普通にしまってます.もちろん誰も住んでないわけで....人がいてあわよくば止まっている車も動きそうなのに何もない...とても不思議な感じでした.見えない放射線の被害なので被害も影響も見えないんですね.

ちなみに,本日見たモニタリングポストの数値は最大で5.6μSv/hr.広島原爆直下での被爆量が100Sv,うちの実家で3.5mSvだったと言われています.ここに2038年間じっといると原爆爆心地レベル.26日間じっとしていると私の親が当時被爆した放射線量になるという.まぁ死ぬほど危ないようにも思いませんが,気持ち良い数値でもない.そりゃそうか,住んじゃいけないけど入ってよいわけですからね...
震災当時,100μSv/hrとか騒いでいた記憶があるので今はかなり落ち着いては来たんでしょう.
(注;広島の被爆量は直接被爆だけです残留放射能による被爆はまたそれとは別にありまして.まぁ原爆は兵器ですからね.格別に頭がおかしいレベルなのは当然ですが...)

というわけで,津波とかの物理的被害と違って見えない被害はなんとも気持ち悪いなぁと思った次第です.が,だからといって不用意に怖がっても意味ないわけで.放射線被害は時だけが解決する部分も多いですが,若干でも希望が見えてきているというのは良かったような,でも,完全に解決できるには相当時間がかかりそうと思うと,とんでもないことをしたもんだという気持ちもあり...なんとも複雑な感じでした.

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このページは、gammaが2017年2月25日 10:55に書いた記事です。

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